日本場面緘黙研究会

日本特殊教育学会 第53回大会 自主シンポジウム

「わが国における場面緘黙研究の現在と今後の方向を考える」

日時: 平成27年9月21日 10:00~12:00
場所: 東北大学 川内キャンパス C301

シンポジウム概要

本シンポジウムでは、3人のシンポジストから、多様性のある場面緘黙に有効なアセスメントやアプローチの方法について、それぞれの観点により以下のような話題が提供された。

高木からは、場面緘黙を規定する要因として、WHOの国際生活機能分類 (ICF) の「環境因子」に着目し、幼稚園、保育園、小学校、中学校で行われた支援会議の結果をもとに、学校場面における友達の有無、適応状態、環境因子へのアプローチ方法について、報告された。友達がいなかったり、登校しぶりがあったりする場面緘黙児は、年長になるほど多くなり、緘黙の状態も重篤化する傾向があること、そして、発話場面・相手の拡大といった支援アプローチが用いられにくいことが示された。

角田は、場面緘黙と発達障害の併存について、クリニックで担当した事例をもとに、さまざまなアセスメントの結果から報告された。場面緘黙で来談した児の約3割が自閉症スペクトラム障害 (ASD) の特性を持ち、非ASD児と比べ、社交不安は低いが、聴覚過敏があり、家で無口な傾向があることが示された。同じ場面緘黙の症状を呈していても、背景には発達障害や言語スキルの苦手さを持ち合わせる緘黙児もいることから、特性に応じた支援の発展のためには共通のアセスメントが重要であることが提言された。

園山からは、場面緘黙の多様性について、質問紙調査や事例研究の結果から報告された。感情や行動の抑制があるケース、思春期に発症するケース、成人後も緘黙症状や不安症状が継続するケースなど、個人差が大きいことが示された。また、場面緘黙の支援アプローチは刺激フェイディング法を基本としているが、年長者においては、その年齢相応の社会経験 (例えば、アルバイト等) や、発話に対する意欲を考慮することの重要性も指摘された。

指定討論では、場面緘黙の理解と支援について、ICFの枠組みから意見が述べられ、教育現場においては、個人を取り巻く環境因子も含めて総合的に評価し、活動 (していること、できること) を豊かにする教育本来の営みを通じて、社会参加の支援を行うことの重要性が指摘された。

フロアからは、アセスメントツールは場面緘黙や発達障害のスクリーニングとして利用するには適しているが、支援の際には生態学的アセスメント (個人の行動を、それを取り巻く環境との相互作用から理解する) が重要であることが指摘された。また、場面緘黙が原因で引きこもりに発展した青年・成人への支援が大きな課題であるとの指摘もあった。

「学校における緘黙生徒の個別支援・進路指導」

この後半のシンポジウムはかんもくの会の主催であり、緘黙研究会のシンポジウムと同日に開催されました。許可を得て、当日の様子を紹介いたします。

日時: 平成27年9月21日 13:20~15:20
場所: 東北大学 川内キャンパス C301

場面緘黙は子どもの問題ではない

浜田らが特殊教育学会にて自主シンポジウムを行うのは、今年で9回目。シンポジウムでは、まず「大人になれば自然に治る」「本人は適応している」「学校を休まない」など緘黙症に対する誤解が世の中にあることを浜田が指摘した。「かんもくの会」の家族会員においては約1/4~1/3が成人当事者の保護者であることを示し、緘黙症は子どもだけの問題ではないと語った。また、場面緘黙児の多くは家庭内で普通に話すため、家族が気付くのが遅れがちであることを指摘した。

当事者による経験談

浜田は続いて、自身の緘黙経験を発表し、支援の必要性を訴えた。場面緘黙症は幼少期に発症することが一般的であるため、当事者の多くは自分が話せなくなったきっかけを覚えていないことが多い。しかし、浜田の場合は高校時代に場面緘黙が始まった。当時を振り返りつつ語った内容によると、浜田は元来積極的で目立ちたがりな性格だったが、高校入学式前の合宿で同級生にどうしても話しかけることができなかった。入学後も輪に入ることができず、だんだんと自分は話してはいけない、表情も見せてはいけないと思うようになった。入学して1ヶ月ぐらいしたときには、自分の意志ではどうにもできないぐらい話せない状態になっていた。

校門を入ってから帰るまで他の同級生と一切関わらず、休み時間は机に突っ伏すか窓から外の景色を眺めて過ごす日々。自分でも何とかしようと思い、担任の先生に悩みを相談する手紙を出した。先生はすぐに相談室に連れて行ってくれたが、浜田はその場でも話すことができなかった。先生は「どうして手紙ではあれだけ色々なことを書いてくれたのに、ここでは何も話してくれないんだ!?」と言った。「良い先生だったけれど、場面緘黙の知識はなかったのだろう」と浜田は振り返る。

その後もう一度先生に手紙を書いたが、先生に失礼ではないかと考えて出さなかった。その手紙には、「自分は本来こういう人ではない」「こんな人は他にどこにもいない」「”自分は暗い”というイメージを自分に植え付けてしまい、それを維持しなければいけない気分になってしまっている」「修学旅行に行きたくない。行き先で自殺してしまうかもしれない」「この状態になることで、人の気持ちが分かるようになったことだけは良かった」などの訴えが書かれていた。

その後、不登校・心を麻痺させつつの再校などの経験談を交えながら、「本人が訴えることができなくても、内心では苦しんでいる人がいる。学校に来ていればそれだけでよいと思わず、孤立して困っていないか気をつけて見てほしい」と学校における支援・配慮の重要性を訴えた。

特別支援学校での個別支援と進路指導

今回話題提供者を担当した吉田(特別支援学校教諭)は浜田の話を引き継ぎ、高等部で3人の場面緘黙児を指導した時の取り組みを紹介した。「まさに、生きていたくないという思いを持っている状態からのスタートだった」と吉田は当時を振り返る。

吉田は個別支援が必要とされた5名を集めた特別学級を担任した。そのうち3名が場面緘黙児だった。3名を指導するに当たり、場面緘黙児の支援方法を調べたがケースが少なく、十分な情報が得られなかった。しかし、かえって本人と相談しながら方針を決めていくきっかけになったのだという。

「よく『ありのままでいい』と言われるが、『ずっとそのままでいるのが良い』ということなのでしょうか。教師としては、やはり人生の目標を持って生きてほしいし、そのために今できることは何かを一緒に考えていくことが必要だと思います。」「『もっとしゃべるべき』と教員が”あるべき姿”を押し付けるのではなく、『あなたはどうしたい?』と一緒に考え、夢の実現をサポートしていくことが必要だと考えます。先生がやらせたいことが本人に必要だとは限らない訳で、本人が学んだことが本人の役に立つかを考えることが大切ではないでしょうか」と吉田は語った。

3名は不登校気味でもあったため、まずは安心して学校に通えるようにするための環境整備を行った。視線恐怖に配慮するため、教室の入り口を衝立で隠し、廊下から教室の中が見えないようにした。パーティションで部屋を区切り、オフィスのような造りにした。これらは本人の希望によるものだという。休息スペースも作ったが、緘黙の子はあまり利用しなかった。トイレ・給食などプライベートな姿を見られることを嫌がったため、無しにして1日学校に居なくても良いことにした。登校も、大勢の人がいる時間を避けるため30分遅らせるようにした。このような対応を続けた結果、次第に登校日数が増えてきた。

生徒とのコミュニケーションにも気を配った。絵が好きな子にはコピックという高価なイラスト用の画材を用意してあげた。最初は絵を見られることも嫌がっていたが、慣れてくるにつれて見せてくれるようになったという。新しいことに取り組むときは意志確認のため、必要に応じて家庭にも連絡を取った。Yahoo!の検索バーに言葉を打ち込むことで会話するようになった子もいた。話題についていくため、アニメの勉強も一生懸命行った。

職場実習は30日と通常より長い日数行った。期間も長く取り、少しずつ慣れていけるように配慮した。卒業後もアフターケアを行っている。

質疑応答

質疑応答の時間では、指定討論者の奥田から「生徒との信頼関係をしっかり確立できていると感じた。ただ、せっかくなので少しずつ苦手なことに挑戦させても良かったのではないか。不安は回避することによって強くなることが知られている。もちろん信頼感がないまま無理をさせてはいけないが、その点はクリアできているので、もう一段階進めることができたと思う。」という意見などが出た。

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