場面緘黙 (ばめんかんもく) の簡単な説明
定義
近年では「場面緘黙 (selective mutism)」という呼称が一般的である。米国精神医学会 (APA) が定めた「精神障害の診断と統計の手引き (DSM)」の2013年改訂版 (DSM-5) の診断基準によれば、場面緘黙は、
「他の状況で話しているにもかかわらず、特定の社会的状況において、話すことが一貫してできない」
状態であると定義されている。
また、世界保健機関 (WHO) が1990年に設定した「疾病及び関連保健問題の国際統計分類 (ICD)」の第10版 (ICD-10) では、場面緘黙は、
「第5章 精神及び行動の障害 (F00-F99)」
→「F90-F98 小児<児童>期及び青年期に通常発症する行動及び情緒の障害」
→「F94 小児<児童>期及び青年期に特異的に発症する社会的機能の障害」
→「F94.0 選択(性)かん<縅>黙」
という疾病に分類されており、情緒障害に含まれている。
なお、ICD-11からは、選択性緘黙ではなく、場面緘黙が正式な和名として用いられる予定である。
より厳密な医学的診断基準として、DSM-5では下記の5項目が規定されている。
- 他の状況で話しているにもかかわらず、話すことが期待されている特定の社会的状況 (例:学校) において、話すことが一貫してできない。
- その障害が、学業上、職業上の成績、または対人的コミュニケーションを妨げている。
- その障害の持続期間は、少なくとも1ヶ月 (学校の最初の1ヶ月だけに限定されない) である。
- 話すことができないことは、その社会的状況で要求される話し言葉の知識、または話すことに関する楽しさが不足していることによるものではない。
- その障害はコミュニケーション症 (例:小児期発症流暢症) ではうまく説明されず、また自閉スペクトラム症、統合失調症、または他の精神病性障害の経過中にのみ起こるものではない。
上記の最後の項目 (除外基準) にあるように、場面緘黙の症状自体は、その他の精神病性障害 (一次障害) の併発症状 (二次障害) として発現することもある。その場合は、医学的には一次障害が上位診断となり、原則として (狭義の) 場面緘黙とは診断されない。
しかし現在でも、場面緘黙の臨床像 (どのような症状が出るか、検査でどのような値が出るかなど) は明確に示されていない。また、発症要因や併発症状に関しても、専門家の間でさえ見解が一致せず、議論が続いている状況である。したがって、上記の定義はあくまでも現時点のものである。
問題点と現状
場面緘黙は、2~5歳の間に発症することが多い。しかし、その認知度は低く、また、緘黙児は問題行動をほとんど起こさない。そのため周囲の人間が、場面緘黙の状態を「治療が必要なもの」として認識していないことが多い。また、性格特性と、場面緘黙の状態との区別も難しく、実際にはかなり多くの緘黙児が潜在的に存在している可能性が高い。
特に日本では場面緘黙に関する研究が非常に少なく、欧米に比べて支援が遅れている。さらに、日本においては、実践的な介入方法が確立されていないため、場面緘黙児に直接接している学校教育の現場には情報が行き渡っていないのが現状である。したがって、学校教育の現場に対して、場面緘黙に関する有益な情報提供が強く求められている。
場面緘黙は、脳の損傷や先天的異常などの不可逆的・恒久的な器質障害ではなく、社交不安症 (social anxiety disorder) の一つとして考えられる症状である。したがって適切な治療的介入を行えば症状の改善が可能である。逆に、積極的な介入が行われなければ、症状が改善されずに固定化し、成人後に社会的機能に重篤な悪影響を及ぼしかねない。
DSMやICDにおける分類・診断基準は、表面的に現れる症状のみで定義されているため、場面緘黙は厳密には疾病名ではなく、状態像 (症状) を指すことになる。一方で、治療的介入時には、「自発的な発話ができない」という状態像のみに注目し、「自発的に話せるようになる」ことを目的とするのではなく、その背景にある「不安」にうまく対応できるスキルを身につけさせることが、場面緘黙の改善に有効であると考えられている。
参考文献
- American Psychiatric Association (2003). DSM-IV-TR 精神疾患の分類と診断の手引. 髙橋三郎, 大野裕, 染矢俊幸 (訳). 新訂版, 東京, 医学書院, 2003, p. 303.
- Angela E. McHolm; Charless E. Cunningham; Melanie K. Vanier (2007). 場面緘黙児への支援: 学校で話せない子を助けるために. 河井英子, 吉原桂子 (訳). 初版, 東京, 田研出版, 2007, p. 190.
- 廣瀬慎一 (2011). 場面緘黙の維持要因および回復プロセスの検討: 場面緘黙経験者の言語報告に基づいて. 北翔大学, 2011, 修士論文.
- 池上正樹 (2012). “年を重ねても他人と何も話せない’大人の緘黙 (かんもく) 症’の子を持つ親の悲痛|「引きこもり」するオトナたち”. ダイヤモンド・オンライン. 2012-07-26. http://diamond.jp/articles/-/22099, (参照2020-12-01).
- かんもくネット (2008). 場面緘黙Q&A. 角田圭子 (編). 初版, 東京, 学苑社, 2008, p. 158.
- 國重美紀, 氏家武 (2007). 家の外では話をしない: 選択性緘黙. 日本医事新報. 2007, no. 4330, pp. 76–78.
- 高木潤野 (2012). “「ほっておけば治る」という誤解”. 信州かんもくサポートネットワーク. 2012-08-05. http://shinshu-kanmoku.seesaa.net/article/284836262.html, (参照2016-04-01).
- 梅永雄二 (1995). 場面緘黙者に対する職業指導: 非音声言語による表出コミュニケーション指導および視覚的JIGを使用した作業指導. 職業リハビリテーション. 1995, vol. 8, pp. 41–48.